低予算雑記

2011-07-08[アニメ]

「魔法少女まどか☆マギカ」は物語と物語が出会う物語

『魔法少女まどかマギカ』の物語構成上の問題点かーずSPさん経由)

 納得する部分とそうでない部分がありますが、納得できない部分を中心にグダグダとコメントしてみます。
 上の記事が「こうだったらもっと面白かったのに!」という内容なので、何を面白いかと思うかという趣味の違いによる意見の相違が大きいみたいです。物語を型にはめて分類するのは私も好きですが、「サスペンスだからこうあるべき!」とかは私は特に思わないので、その点でも意見が違いますね。

はじめに
>暁美ほむらがもう一人の、あるいは実質的な主人公であるかのように見えてしまうのは、こういった物語構成上の問題点に由来するたんなる欠陥であって、それ以上でも以下でもない。制作スタッフの後づけのコメントなどに騙されてはいけない。ということで、鹿目まどかの物語の問題点を考察していきたい。
 私はまどマギはまどかとほむらのダブル主人公の物語だと思っているので、前提の時点でこの方と認識がちょっと違います。後付だろうがなんだろうが制作スタッフのコメントはその作品を補完する重要な情報と考えてますので、そこを否定するのはナシだろうと。それに制作スタッフのコメントがあろうがなかろうが、あの全13話でほむらも主人公として描かれていると見ていいんじゃないかと感じました。

 あれはループ1回目からのほむらと、1話から描かれている(ほむらにとっては何度目かの)まどか、それぞれの本来交わることのない物語が、まどかが神的存在となることでひとつになる、っていう出会いの物語なんじゃないかなぁ、と。

 なので「鹿目まどかの物語」を前提として問題点を書かれている記事に対しては不適切な反論コメントかもしれませんが、そこは痛い勘違いオタの戯言として一笑に付して頂ければと。どこかで既出の話題かもしれないし。

物語の出発点
>魔法少女にならなかった場合に招かれるであろう悲劇の描写である。こちらの描写は不十分であったと言わざるをえない。
 これはたしかに描かれていませんし、あれば強力なカタルシスへ向けてのタメ(ストレス)となったでしょう。
 でも仁美の件とかで十分なような気もします。契約しないとワルプルさんが来て人類滅亡の危機!とかを背負うよりも、友達が大変なことに・・とかのほうが中二女子らしいというか。
 実際、QBから「人類とインキュベーターの歴史」を見せられた時も、人類の発展云々に反応するよりも魔法少女にされた女の子を案じていましたからね。そういう子なんですよ、まどかは。だからこそ最後のあの願いにつながった、ともいえると思います。

物語の展開
>中盤、鹿目まどかがたんなる傍観者でしかないように見えてしまうのである。
 ここも最初に書いた「主人公」に対する考え方の違いですね。中盤はさやかが主人公代理として、視聴者と、本来の主人公まどかの心に色々と訴えかけました。ストレスの期間には、主人公が傍観者でも良いと考えます。

物語の結末
>暁美ほむらのエピソードは、鹿目まどかに、魔法少女をめぐる過酷なゲームのルールについて、すべての謎を明らかにする、パズルの最後の一ピースを与えてくれるものでなければならなかったのである。
 これはスゴイ面白そうで見てみたかった展開だと思いましたw
 なるほど普通はそれが正攻法ですよね。ほむらが諦めずにコミュ力を磨いてまどかや他の魔法少女達と何度でも対話を続けていればありえたかもしれない展開・・! 結局まどかが決心したのってほむらとはほぼ関係ない所ででしたし、それこそスタッフのインタビューでまどかのほむらへの軽視っぷりが再確認されたりしてましたw
その方がカタルシスあってスカっとする、とは思います。

 が、まどマギはそれをしませんでした。なぜか。

 まどマギにおけるカタルシスは、「QBをギャフンといわせる」とか「世界を救う」とかありますが、「まどかがほむらを理解する」も重要な物語の結実だと思います。1話からずっとまどかとほむらは相容れませんでした。最初は完全に視聴者はまどか視点でしたが、徐々にほむらの視点も追加されていき、10話で全貌が明らかになりました。そして11話で改めて決して相容れないことが提示されました。
 12話で願いによってほむらの全てを理解しますが、まどかはそれまでほむらを知ってはいけなかったのです。ほむらのループでの苦労やまどかへの想いは、まどかが全てを犠牲にした願いでしか理解出来ないほど大きいものですから、表面上でも仲良くしてしまうと、「(結果的に)ほむらの全てを理解する」願いのカタルシスが半減してしまいます。

 あの宇宙空間での最後の会話は初見で面食らいましたがw、1話から11話まで踏まえてみると、見れば見るほどジンワリ来る良~い結末だと、思います。タイトルで「まどマギは物語同士が出会う物語」と書きましたが、まさにここが1話から続いてきたまどかの物語と、その裏にあって10話で初めて提示されたほむらの物語の出会いなんですよね。


おわりに
 最初書きたかった内容からずいぶん脱線したのでまとめづらいぜ・・
 とにかく、まどかだけを主人公としてみてほむらの主人公っぷりをスルーするのは勿体無いので、是非ほむらも主人公として認めてやってくださいw

コメント

■No title

何となくモヤモヤしていたモノが、スッキリした感じの論考でした

「物語と物語が出会あう“物語”」かぁ・・・・・何ともステキな表現です
そもそも「人と人との間のドラマ」っていうのは、どれもそんな要素を持つものですしね

そういえば虚淵氏が「この作品の“人間としての”主人公はほむらだ」
みたいな事を言っていたのを思い出しました
視聴者の間では「ほむらが主人公(ヒーロー)で、まどかは“ヒロイン”」ってな言い方もw
(監督曰く「テーマは女の子同士の“友情物語”」、虚淵氏曰く「香港“漢”映画の女の子版」)

そして中盤の多くの話数が実質「さやか☆マジカ」の物語であり、更にその進行と同時に
複旋律のフーガのごとく絡みつくように語られる杏子の物語でもあり・・・
マミさんもたった3話ですが深い印象を与える“物語性”を魅せてくれましたし
(「退場した後」の印象・影響の大きさまで含めて)
・・・こうしてみると、単純に誰か特定の主人公の物語というより
いわば「魔法少女たちの“群像劇”」と捉えてもよいかもしれませんね
彼女達が皆それぞれ人気があり愛されてる様子を見ても、そんな風に思えます

そして彼女達の織り成すこの「物語世界」自体を、いわば「ホームズ」における
“ワトソン”的立ち位置(直接の当事者ではないが深く関与し、読者への語り部となる)
で終盤まで見つめ続けたのがまどかのような気もします

・・・・・最後の最後に大事件を解決しちゃう“ワトソン”ですけどw
(その辺が本作品の斬新な部分でもありますw)

■最終話のタイトルの意味するもの

連投失礼します

>まどマギにおけるカタルシスは、「QBをギャフンといわせる」とか
>「世界を救う」とかありますが

本作では、一般的エンタメとして期待されていたであろうこれらも
かなり曖昧・限定的なものになりました
虚淵氏曰く「QBを最後ボコって終わる展開もアリだろうけど、そういうのは以前やったので
今回はナシでいいかと」との事で、なんか“普通の魔法ペットキャラ”みたくなっちゃいましたしw
まどかの“救済”も、時空スケール的には壮大なれど
「魔法少女の絶望の最期」だけが対象という、非常に“限定的”なもので
「憎しみと悲しみばかりに満ちたこの世界」の中で魔法少女達が戦い続けるという現実は
変る・解決されることがなく、この辺りが“一般的エンタメのカタルシス”を期待した人には
やや納得がいかない部分として残るのかもしれません

しかし、この抑制の効いた結末こそが「自身に絶望するほどリアリスト」な虚淵氏の持ち味でしょうし
最終的に「普通に悪と戦う魔法少女」という世界観に物語が収束していったのは
監督の「魔法少女物の王道感を大切にしたい」という意向の反映なのでしょう
(ただし物語自体の展開ではなく「魔法少女という概念、その世界観」という
側面に対しての意識においてですがw)

そして、制作側が後付ではなく放映当初から表明していた「女の子たちの友情物語」という
コンセプトを鑑みればむしろ、

>「まどかがほむらを理解する」も重要な物語の結実だと思います

これこそが、本作での最も大きな結実なんだと思います

■ありがとうございます

OTAPHYSICAのエフヤマダです。
私のテキストにコメントありがとうございます。

まどかとほむらを同格の主人公として全体を解釈するという
「ダブル主人公読解」は魅力的なのですが、難点があります。

この読解では、第一話と最終三話はきっちりと読めるのですが、
第二話から第九話までの展開がかなり浮いてしまうのです。
スタッフの意図がどうあれ、それで貫徹して読めるとは私には思えない。

そのため、ダブル主人公読解をするのであれば、今度は私とはまったく
違ったやりかたで、中盤にかんして「こうすればよかった」という
論点を出さなければいけないのではないか、と思います。

たとえば、ほむらの過去について視聴者にもっと早いタイミングで
情報を出すべきではないか、といったことなどが考えられるでしょうか。

そして、私の第一感では、こちらの解釈もかなり改築費がかかりそうです。
そのあたりをハカリにかけて、私は「ダブル主人公読解」を放棄しました。

基本的に、『まどマギ』は複数の物語パターンが混在しているので、適切に
ポイントを拾っていけば、たいていのパターンを解釈として取り出せてしまう。
だから、全体の読みを提案するときには、同時に、それでは上手く読めない場所を
示したうえで、そこについて「こうすればよかった」という論点を併記しないと、
解釈の提案としては不十分なのではないか、と私は考えています。

…と、ここまで言っておいてちゃぶ台をひっくり返すと、『まどマギ』が
大当たりしたのは、複数の物語パターンが混在したごった煮だったから、
ということもあるので、なかなか一筋縄ではいかないのですよね。
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